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【三文駄文】「遠い陽炎」
2月26日と言えば二・二六の日です。そう言えば以前この事件のことをちょこっと匂わせるような超短編小説を書いて載せていたなぁ…と思い出し、おかしな所を直して表に持ってきてみました。ストーリーは何ら変わっていません。
最初に出したのは八月。季節に合わせて、中途半端にホラー風味とか戦後六十年記念…になってしまうのかとか言っていましたが、さて。鎮魂にも追悼にもなってない駄文でございます。

興味のある方は、「続きを読む」からどうぞ。
死にネタがあったり、ちょっと生々しい描写がありますので苦手な方はご注意ください。また内容は歴史を題材としていますが、フィクションであり、実在の事件、人物、団体等とは一切関係ありません。
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【遠い陽炎】
 
 山間の、コンクリート造りのこの建物の中には、外の喧しい蝉の音が響いていた。随分前に開け放たれたガラス窓から押し寄せる熱気にもかかわらず、その中は常にヒヤリとした空気が満ちている。
誰もいない。
そう、ただ一人の男を除いては。もう人が入らなくなってからどれ位経ったのだろうか。壁紙も剥がれ落ち、床もむき出しになっている。照明も、そのスイッチも、とうに使い物にならなくなっていた。砂埃の中で、持ち出し損ねたのか捨てられたのか、本が何冊か転がっている。その多くは時折当たる日に焼けて茶色く変色していた。それらは男の暇を持て余すには、あまりに退屈な内容ばかりであった。

と、そこへ白い人影が現れた。外に広がる町並みを見ていた彼は、気配を察して振り向いた。長靴の音が響く。
「また、お前か」
それはうんざりした風でもなく、どこか乾いて感慨も何も込められていないようであった。独特のキビキビとした動作と身に纏う衣装が、その所属を物語っている。
「やっと、お答えくださいましたか…」
 白い人影は、ゆっくりとまた動き出し、近くにあった木製の椅子に腰掛けた。椅子はギイ、と小さく唸る。大人一人の重さにはとうてい耐えられない程に朽ちているはずであったが、椅子は何ともないように四つの足を冷たい床に突き立てていた。
 それを見て、彼は驚いたように少しばかり、目を見開く。金星の光る帽子に隠された動作をも、白い人物は見透かしたように僅かに口角を上げた。ややあって、男とも女ともつかない低い声がクスクスと笑う。
 その白装束…といっても白い着物を一枚被っているからなのだが…はもう男の目からも時代がかって見えた。白い単衣の下には、法衣を思わせる和装であったが、墨染ではない。数珠も見あたらない。象牙色の袈裟の下は縹色…という何とも奇妙な恰好なのだが、違和感はなく、寧ろそれ以外に合う服が思いつかないくらいに人物の雰囲気に合っていた。この人物は、度々男のいる場所を訪れ、手にした琵琶を適当にかき鳴らして、時には唄い、勝手に去っていく。その訪問時間は昼とも夜とも一定していない。さっさと帰ってしまう時もあれば、何時間も居座っていることもあった。素顔は滅多に見せない。
「ふり返って頂くまで5年、そして口を開いてくださるまで12年…貴方もなかなか頑固なお方でございますね」 
「お前に頑固呼ばわりされるのは心外だな」
わざと溜息混じりに答える、その部屋の「主」とも言える人物に、また白装束が愉快そうに、何をおっしゃる、と返して言う。
「もう60年近くもずっといらっしゃる貴方にはかないませんよ」
そしていつもの如く、琵琶を構えて軽くかき鳴らした。言葉通り、男はもう60年近く、この建物の周りに留まっている。最初は町を散策したが、そのうちこの場所に居着くようになった。やがてビルの持ち主が、街中へ移転しても、ずっとそこに留まった。誰にも話しかけないにしても、一人の方がかえって楽だった。
「まったく、お前だけだな。私の姿を怖れないのは」
腰に下げていた軍刀を鞘ごと取り出して、床で鳴らす。軍靴の音と重なって、天井高く響いた。
「軍人は職業の一つではありませんか。何を怖れます」
「軍人は、もう居ないはずなのだよ。この国には」
クスリ、とまた笑い声が漏れる。
「そんなことは問題ではありません。よく、お似合いですよ、この国の守護者に相応しい」
 弦を振るわせる音と共に、刹那、蝉達が止んだ。当時は矛でもあり得た事は、敢えて口にしていないようであった。 

「何か聴かせてくれないか。もう町は十分見届けた」
 生まれた町だ。そしてこの廃墟は、町を囲むなだらかな山の中腹にあり、それが建つ前は恰好の遊び場だった場所にあるのだ。そこに立てば町の全体が見渡せた。低木の枝に着物の端をよく引っかけていたことまでも、男の脳裏に鮮やかに甦る。
「何がよろしいですか」
 どこか懐かしい音が部屋を支配する。そして、かき鳴らしながら尋ねてくる不思議な声色に、
「何でもいい。琵琶は、よく知らんのでな」
と、男は穏やかな口調で答えた。
白装束が何やらの一節を弾き始めるるなか、男は適当な椅子を探して腰掛けた。ややあって、「ああ」と、また口を開く。
「しかし、あれはやめてくれ。」
 弾き手の動きが止まる。
「平家物語。あれだけはやめてくれ。シャレになってないからな。」
お前のその綺麗な声ならばさぞ見事に歌い上げられそうで怖いのだよ、と、男は笑いを含みながら続けた。 
それは彼なりのユーモアだったのだろうか。
「承知しました」
と、弾き手は柔らかく微笑み、旋律を変えた。
 温かいが、どこか悲しい琵琶の旋律は、閉ざされていた心を解くのだろうか。彼は目を閉じ、暫し気持ちよさそうに耳を傾けていた。
「俺はなぁ、」
琵琶の旋律が応えているように、返ってくる。
「…気がつくとここにいたんだよ。何十年もな」
外の蝉は、相も変わらず季節を主張している。どこか懐かしい旋律に溶け込みながら。
「腹も減らない、殆どの人間は気がつかない。この暑さなのに冬服のままでも何も感じない」
白い手袋をしたままの右手を、握りしめてまた開いた。
「大陸まで行ったのは良く覚えているんだ。ああ、可愛がっていた部下が死んだ翌年の話でな。昭和18年。」
曲想はいよいよ佳境に入り、甘い旋律が激しさを伴う。
「どういうわけだろうな、気がついたら故郷のこの場所だ。戦って死んだのなら、あの場所へ行くと思っていたのだが…まぁ、お陰で、祖母や親たちが亡くなるのも見届けられたよ」
こんなに饒舌になったのは、ここへ来てから初めてかも知れない…男はぼんやりと思った。
「でもな、やはり自分がどう死んだのか、知りたいよ」
弦の弦の作り出す音の間は、不思議なほどその語りに合っている。
「お前は分かるか。琵琶弾きよ」
 そして一音一音に、魂があるようであった。
「世の中は、変わったのかなぁ」
それは問いかけではなく独り言であった。男は天井を仰ぎ見て、それから視線を弾き手に移し、続けた。
「変わったといえば、変わったよ。明るくなった。良くなったと思うよ…………………けどなぁ……なんか、もう、よう分からんのだよ…」
声が震えだしていた。そして琵琶の音も、低く唸る。
「町は明るくなったの。かつての俺のような人間が、目を光らせている姿は何処にも無い。良いと思うよ。凄く良いことさ。
なのに、こみ上げてくるこれは、これは……」
男の目から溢れた物は、窓から差し込む光に輝き、頬を伝う。しかし、ポタポタと床に落ちても、床は埃っぽく乾いたままであった。
「まったく………どうして、どうして、そうなるに至ったのだろうなぁ」
そして、曲が終わる。男は涙を拭うことはせず、軍帽の鍔を下げた。そのすぐあとに、予想外に視界を塞ぐ影を不審に思い、顔を上げると、さっきまでの演奏者が眼前にあった。白く透けるような手が伸びて、彼の頬を拭った。
「お名前を知りとうございます」
 挨拶代わりにと、その人物の頭部を覆っていた白い単衣が取られ豊かな黒髪が顕わになった。それに惹かれるように、男がもう何十年も前から口にしなくなったその名を告げると、彼もしくは彼女は両頬を手で包み、その顔をのぞき込んだ。そして、その目の最奥にある深い闇を男が認めた瞬間、衝撃が走った。
 強い衝撃が、肉体を貫いた。体に侵入した熱い塊、視界の隅を飛んでゆく己の片腕。そして顔に当たる草の感触。土の味が吸い込んだ黄砂とともに鼻孔まで掠め、やがて奥から溢れる塩と鉄の味にかき消された。熱さと寒さの入り混じった何かに包まれ、やがて銃声も爆音も何もかも分からなくなって、そして全てが閉ざされた……そう、そこで終わっていたのだ………!
 彼の記憶の中で空白であった場所に、何かがカチャリとはめ込まれたのだ。それは、やっと相応しい鍵を見つけた感覚に近かった。
 いつの間にかつぶっていた瞼を上げると、白装束と目があった。深い、漆黒の瞳はそのまま色を変えることなく、陶器のような肌は一滴も汗を浮かべていない。粋筋の女を思わせる作り物のような唇が、三日月を形作った。こぼれる白い歯。女だったのか…という彼の感想に反して、海の底のような低い声が、頭に直接響いた。
「お戻りなさい シノモト大尉」
違う。少佐と告げたはずだ…そう言い返そうとした時、全ての音と光が急速に遠ざかった。無いはずの肉体が、泡と化していく感覚に襲われる。本当に、この世から消えるのか。九段に眠っているとされるの友人達、既に他界したはずの妻達に会いに行けるのか…………

 
 それからどれ程経ったのか、最初に鼓膜をふるわせたのは紙の擦れる音であった。開けた視界のなかで、書類の束が床に広がっていく。
そこは帝都は市ヶ谷、陸軍省の廊下だ。何十年も見ていなかったはずの自分以外の軍服に、複雑な懐かしさがこみ上げた。
「…大尉、篠本大尉」
 その声に振り向くと、同じ課に勤める部下が立っていた。貴様は…たしか自分の前年に死んだはずだ…!今いる場所を現実として捉えられないまま、篠本の心臓は早鐘を打ち始める。
「書類が……あの、どう、なさったのでありますか…?」
 普段は絶対に見ることのできない上官の姿に、まだ幼い印象を残した顔が戸惑う。たしかこの頃は、少尉であったか…そんな事を思い出しながらも、自分が落としたらしい書類をかき集めた。一枚引き寄せるたびに、違和感が少しずつ薄らいでいく。慌てて手伝おうとする少尉に「いや、もういい」などと適当なことを言い、集めた物の角を整えようともせず、足の赴くままに任せた。 見覚えのある扉を開け、一番座りやすそうに思えた場所…半世紀以上も前の自分の机にどさどさと置くと、荒くなった息を整えた。タイピストの女が部屋の反対側から、不思議そうな顔でこちらを見ている。  
 暦を見ると、昭和10年12月とあった。なるほど、うそ寒いのも道理だ。70年近く、己は何をやっていたのだろうか。
 あれが本当ならば、自分は約8年後に大陸で……そしてこの国は……。何かに強く揺さぶられる様に、やらなければならないことがあると確信していた。運命すらも変えられるとしたら…と。
 しかし歴史の傍観者としての記憶は、徐々に薄れつつあった。降り積もった砂が風に吹き飛ばされていくかのように。
 ただ、最後の方のあの琵琶の記憶、弾き手の妖しく光る瞳は、水晶体に焼き付いてしまったように離れない。あれは男でも女でもなかった様に思える。否、本当に人だったのだろうかすらも疑わしい。妖艶な瞳と仕草が脳裏に浮かぶ度に、そして触れた肌の感触を思い出す度に、酷く情欲をそそられ腹の底が焼かれるような恍惚とした感覚があった。決して不快ではなかったが、同時に快楽とはほど遠い…それが未来というものなのか。

 数日経つと、篠本大尉は自身が予想していた通り、この「出来事」の詳細を殆ど覚えていなかった。確かに自分は死んでしまうのかも知れない。それも祖国の畳の上ではなく、異国の地で凶弾に倒れるのだ。軍人なのだから不思議ではない。しかし、出来ることならば避けたい。死ぬのはやはり怖いという思いは、誰しも抱えているのではないだろうか。
結論など分からない。そしてあの不思議な体験を、夢として片づけることもできない。ただ、あれが運命だとしてどう抗うことができるだろうか。それも分からない。ただ、それでも生きよう。その気持ちだけは確かであった。
 手帳の暦をもう一度睨み付け、あの日までの日数を数える。軍部内での不穏な動きは分かっていた。あの日、それが何日だったかでさえ自信がなくなっていた。
「…栗原」
ふと、ある青年将校の名が口をついて出た。僅かに震えた声が、雑踏に紛れ消えてしまう。不意に頬を伝い落ちた涙は、今度はちゃんと地面を濡らしていた。

大丈夫。生きている限り、信じる物がある限り、歩きなさい。

 最後に聞いた台詞が甦って、また涙を拭われた気がした。昭和。この時代をまた生き抜いてゆくにはそれで十分なのだと、篠本は自分に言い聞かせた。


師走の東京を西からの風が吹きつけていた。その空っ風の唸る耳元に遙か彼方の蝉時雨が響く。そして遠く、遠くに置いてきた甘く哀しげな旋律も、時折。

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〈後書き〉
平成17年3月ごろだったでしょうか、思いつきで書いた物がこの時期になって顔を出しました。ちょっと手を加えてやれば形になるかしらん…と甘いこと考えていたらあっという間に丑三つ時。
元々は幽霊と琵琶法師の対話現代版だったのですが、彼にはもと居た時代に戻ってもらいました。週刊モニング連載中のKわぐちかいじ漫画では、60年後の未来に触れた海軍少佐が、歴史を変えようと奔走しています。では、過去の人が、未来を見てから一人で戻ったら…?と、まとめている最中に逆の事を思いついて……。時代考証やら、陸軍省の様子やら、カレンダーを暦とか言ってたのか、その辺は適当です。勉強不足とボキャブラリの貧困さを披露致しました(大反省)
それにしても、全体的に暗い小説です。ごめんなさい。もっとライトな感覚でかけたらいいのに(←駄洒落のつもりらしい)、主人公は最初から魂です。ごめんなさい。もう何から謝って良いのか分からないです。

 舞台のイメージは、京都なんです。東山辺り…いえ、唐草お気に入りスポットがあるのですが、コンクリの建物はまるきりフィクションです。
最後に2.26を持ってきたのは、全てが動き出す前に思えたからです。でも現実は違うのですよね。何かの事件がいきなり始まりというわけではなく、その兆候は多かれ少なかれ全てにおいて現れていて、その繋がりなのですよね。
最後は阿呆な歴史語りになってしまいました。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。ご感想などありましたら、コメントへどうぞ!(と、恐る恐る言ってみる)
これにて後書き終わりです。
幕。

(2005/08/08初出、2006/02/26加筆修正後 季節に乗って再アップ)
| Cahier de brouillon -雑記帳- | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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